空手のススメ、徳島の田舎道場から

written by 逢坂祐一郎(新極真会 第8回世界大会 2位)

ご報告〝忍の強さ〟

 今回の昇段者の一人、トシキ君。

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 彼のお母さんは4 年前のこの時期に病で亡くなりました。

 非常に子煩悩な方で空手の行事にも積極的にご参加いただき、また率先してご協力もいただきました。

 4 年前のこの時期の審査会、トシキ君は2 級の審査を受審しましたが、2 級の審査項目である5 人組手では非常に苦しい組手を強いられました。

 私はその時の彼に「忍」という文字を持ってエールをフェイスブックで送りましたが、フェイスブックのコメント欄にトシキ君のお母さんからの書き込みがあり、そのコメントには審査のお礼と「トシキには忍の強さを身につけて欲しいです。」との言葉が書かれていました。

 トシキ君のお母さんが病に倒れ意識を失ったのはその4 日後、意識の失ったまま数日が過ぎてそのまま逝かれました。

 トシキ君は当時中学2 年生になったばかり、子煩悩なお母さんだっただけに突然お母さんを奪われたトシキ君の気持ち、また大切な子供たちを残していくお母さんの気持ちを思うと、私は非常にいたたまれませんでした。

 いたたまれないだけに奇しくも「忍の強さを身につけて欲しい」と、私に残されたお母さんの言葉は忘れようがありませんでした。

 トシキ君はお母さんが亡くなっても何ら変わることはなく気丈に振る舞い、そして頑張り、今しっかりとした進路を歩んでいます。

 お母さんがトシキ君に望んだ〝忍の強さ〟とは、空手を通してだけに心・技・体が揃った〝忍の強さ〟であったと思います。

 〝心の忍の強さ〟は今のトシキ君が、しっかりと自分の進路を歩んでいることから確信できます。

 しかし技と体の〝忍の強さ〟は…?

 進路の関係上、稽古が激減したトシキ君には、実はそれが気かがりでした。


 今回の昇段審査の1 週間前、昇段者稽古を行いましたが、私は稽古参加者の4 名と一人当たり2 分5 ラウンドのスパーリングを行いました。

 4 名との40 分のスパーリングは昇段稽古での特別なスパーリングだけに手合わせを通して伝えたいことがあり、突き・蹴りの威力はコントロールしましたが、それ以外は手を抜かず、ことディフェンスに関しては私は本気でした。

 その本気の40 分間のスパーリングで一度だけ顔面を蹴られました。

 蹴った相手、それはトシキ君でした。

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 トシキ君は器用なタイプではありません。

 昇段者稽古でのスパーリングでも私にディフェンスで翻弄される展開でしたが、翻弄に耐え、最後の5 ラウンド目に私の一瞬の隙をついて放った技に、私は彼の〝技の忍の強さ〟を感じました。


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 また日曜日の10 人組手、トシキ君は9 人目で足を痛めました。

 一瞬「続行不能か」と思いましたが、心を折らずそのまま続け、10 人目では痛めた足でも蹴りを出す彼の姿に〝体の忍の強さ〟を感じました。

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 お母さんが亡くなって以降のトシキ君の歩み、昇段者稽古でのスパーリング、そして10 人組手を経て、トシキ君のお母さんには「トシキ君は心・技・体ともに〝忍の強さ〟を身につけました。」と報告したいと思います。

 やがて届く黒帯、トシキ君にはお母さんの墓前に掲げて欲しいと思います。

 

 またトシキ君は影で、色んな方に気にかけてもらっていました。

 今回の昇段審査には、道場でのトシキ君世代の中心的存在だったウキョウ君が駆けつけてくれました。

 生前、トシキ君のお母さんはウキョウ君のお母さんに、何かと相談されていたそうです。

 その縁でウキョウ君、ご両親ともどもトシキ君には気をかけて下り、ご両親からは「トシキ君の昇段審査にはウキョウを行かせます」とずっと以前から申し出ていただいていました。

 コロナの影響もあって実は何回か流れたトシキ君の昇段審査ですが、流れてもずっとトシキ君の審査を待ち続け審査当日、ウキョウ君には組手の相手をつとめてもらい、ご両親には見届けていただきました。

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 ウキョウ君のご両親の他にも、影でトシキ君のことを気にかけてただいた保護者様はおられたと思いますが、当日は同様にトシキ君を見届けていただき、皆様、誠にありがとうございました。

 

 発足以来20 年を超えた西南支部、時に忍び難い不幸が訪れることもありましたが、しかし時としてその不幸を乗り越える出来事も起こってきました。

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 日曜日の審査会は道場生、保護者様のお陰で、その乗り越えた一日であったと思います。

 4.6.2021 記