空手のススメ、徳島の田舎道場から

written by 逢坂祐一郎(新極真会 第8回世界大会 2位)

迅速なスパーリングへの整列のススメ、身体で心を動かす足取り

 < ご案内 >
 明日 8/23 ㈬の午後より、第 19 回徳島県空手道錬成大会のトーナメントを新極真会徳島西南支部のホームページで公開します。
 エントリーされた選手、保護者の皆様はご確認ください。
 本大会はパンフレットを用意致しませんので、トーナメント表をプリントアウトするなどで大会当日ご対応ください。
 氏名表記などの誤りがある場合は、所属長を通じてご連絡ください。
 また従来の申し込みと違う部門へのトーナメントミスには対応致しますが、申込書の記載どおりのトーナメントエントリーでの対戦相手の変更などは出来ません。

 選手の安全第一のため、不釣り合いな部門の統合はせずに廃止した部門はありますが、参考試合としての部門統合を行っております。
 参考試合については、申込書でも事前にお知らせさせていただいておりますが、内容は以下の通りです。

 申込み者が少ない部門は統合を行うが、参考試合を設ける。
 参考試合は例えば小学 4 年女子の初級に 4 名、上級に 1 名のエントリーがあった場合、初級と上級を統合するがトーナメントは従来の初級エントリー 4 名で編成し、参考試合としてトーメントの優勝者と上級エントリー 1 名で設けるワンマッチを参考試合とする。

 参考試合に該当した場合、各選手はご了承をお願い致します。

 さて、一昨日の日曜日は全九州大会でした。
 参加選手が 1,000 名を超える全九州大会、地区大会としては規模、競技レベルともに最高峰レベルの大会です。

 主催、運営された緑師範、福岡支部・緑道場のスタッフの皆様、素晴らしい大会に参加させていただき誠にありがとうございました。
 新極真会徳島西南支部からは、中 3 男子重量級にタイセイ君、一般男子上級にトキ君が出場、残念ながら両名とも入賞には至りませんでした。
 両名ともに実力者揃いのトーメントへの参加でしたが〝強くなるには、強い選手との対戦経験を積む〟このことは強くなるためのシンプルな真理です。
 強豪との対戦を求めて参戦し、試合本番で試合場の開始線に向かう彼らの足取りには、上記の真理に基づいて「強くなろう」とする彼らの意思を感じました。

 タイセイ君、トキ君、よく頑張りました。
 保護者様も福岡遠征、お疲れ様でした。

 話は変わりますが、我々の空手のスパーリング ( 自由に技を攻防させる試合形式の稽古 ) では整列をしてから行います。
 このスパーリングにおける整列では、整列に遅れる人が時折います。
 特に少年部において散見されますが、私はスパーリングの整列に送れないことを厳しく指導します。

 厳しく指導する理由としては、第一に礼に反するからです。
 整列に遅れることは、すでに整列している人を待たすことになります。
 また強化稽古、他支部さんとの合同稽古なのではたくさんのスパーリングを行いますが、例えば 30 ラウンドのスパーリングをしたとして、1 ラウンドごとに整列が遅れて10 秒の無駄な時間ロスがあるとします。
 1 ラウンドではたった 10 秒ですが、それが 30 ラウンド重なると 300 秒、5 分のロスなります。
 5 分の時間があれば設定によっては数ラウンドのスパーリングが可能であり、スパーリングでの整列の遅れは先に整列をしている人のスパーリングのラウンド数を奪うことになり、強くなるためにたくさんのスパーリングをしようとして、先に整列している人の稽古の妨害をすることになります。

 上記は極端な考え方と思われるかもしれませんが、私は稽古においては時間のロスなどの無駄を失くすことが、強くなるための秘訣の一つと思っています。
 また他人に対し、そして人が集まっての全体に対し、個人、全体への配慮を自分の行動に反映させることは武道精神です。

 礼に則り、武道精神に基づいて、スパーリングへの整列は迅速に行うように道場指導では心がけていますが、整列が遅れる子ども達の中には、自分の並ぶべき場所を認識しながらも、整列への足取りが重い子ども達が見受けられます。
 我々の空手のスパーリングは直接、突き・蹴りを当てるものであり、スパーリングでは痛み、恐怖を感じます。
 スパーリングへの嫌厭が、整列への足取りを重くしているように、整列が遅い子には感じる時があります。
 私も初心者の頃、強い先輩が混じるスパーリングへの整列には足取りが重く感じられました。
 しかし「強い先輩にボコボコにされることで強くなれる」と思い、無理やりに自分の足取りを速めました。

 心と身体はリンクしやすいものです。
 空手のスパーリングで足取りが重い時、その時の心はスパーリングに対して嫌厭的な状態です。
 心が嫌厭であれば、身体も嫌厭となり、それがスパーリングへの足取りの重さになると思います。
 心身ともに嫌厭状態でスパーリングをしても、身体は思いのままに動かず、そのスパーリングは稽古としての効果も薄くなります。
 心と身体はリンクしやすいものですが、心と身を分離させることは出来ます。

 〝捨て身〟という言葉がありますが、捨て身などは心と身体を分離させた状態を言い表したものです。
 心が嫌がっても無理やりでも身体を動かせば、心とは裏腹に身体は動くものです。

 私は稽古においては、よく捨て身を意識してきましたが、捨て身となり、本心では嫌に思う稽古を重ねて来たからこそ、人に空手を指導する今の立場があるように思います。
 捨て身は難しいことであり、特に子ども達においては一層困難なことです。
 しかし、そのとっかかりはあるもので空手のスパーリングでの整列を迅速に行うことなどは、空手にとって一番大切な〝礼〟が根本であるため、とっかかりとして最適に思います。

 〝心が身体を動かす〟とよく言われます。
 しかし私は、捨て身となる〝身体が心を動かす〟こともあると思います。
 〝心が身体を動かし、身体も心を動かす〟ことが、望ましい心身のリンク状態に私は思いますが、情報の氾濫などで自分の心を見失いやすい今の子ども達、若者達には捨て身が働く、心身の相互作用のリンクで、ぶれない自分を見据えることが必要であるように思います。

 一昨日の全九州大会に参戦した二人、二人の成長を見てきて、彼らのこれまでの稽古のスパーリングを含めた様々な足取りには、身体が心を動かしたことも多々あったと思います。

 その足取りの積み重ねに、先に書いたように今回の試合の足取りに「強くなろう」とする彼らの意思を感じたように思います。

 ぶれない自分を見据える、自分の心をその足取りで示す若者を育てるために、スパーリングでは迅速な整列を指導していきたいと思います。
 8.22.2023 記