下の写真はホームページに載せてある私の写真ですが、この写真をよく見ると右肩が下がっています。

この写真を見て「先生、身体ゆがんでないですか?」と、先日ある道場生の方に言われましたが、身体がゆがんでいるのは実は自分でも認識しています。
認識はしているものの写真のように何も気をとめずにおくと、ついつい身体はゆがんだままになってしまいます。
【身体のゆがみ】
私の身体のゆがみは専門的に診てもらったことはありませんが、左の背中の厚みが右の背中よりも厚いために生じているように自分では感じています。

左右の背中の厚みが違うことは鏡で肩の厚みが違う事からも見て取れますが、仰向けに寝ると感覚的に背中の左側が浮いており、水平に仰臥できていない感覚があります。
私の背中の左右の厚みが違うのは、左の突きを集中的に稽古したため左の背中の筋肉が右よりも大きくなったように自己診断していますが、たいていの人は生活習慣、生活環境などで身体にゆがみが生じているものです。
【たいていの人が抱える身体のゆがみ】
道場生を指導していると、それがよく分かりますが、稽古で行う左右の手を水平に伸ばす動作では、無意識に伸ばした右手と左手の高さが違う道場生がいます。

そのような道場生は自然に肩幅に足を広げて立つと、足の指の開く角度が違っていたりしますが、そういった道場生には骨盤のゆがみが感じられ、骨盤のゆがみが左右の手に影響を及ぼしているように感じられます。
身体のゆがみは不調の原因となるため、ゆがみを整えることが望ましいですが、ゆがみが身体パフォーマンスを高めることもあり一概には否定できないものと個人的に思います。

有名なスプリンターのウサイン・ボルト選手は身体のゆがみを活かした独特の走法を確立し世界記録を樹立したそうですが、私も左の突きには自信があり、左の突きの威力を高めるために生じた身体のゆがみは、私の身体パフォーマンス的特徴として自分では受け入れています。
ただ、時折の身体の不調がゆがみから発生していることを感じることもあり、ゆがみを整える意識は常日頃から持つようにしています。
【整えることができる身体のゆがみ】
先日の稽古で、自然に左右に手を伸ばす動作で手の高さが違う道場生に感覚的に手の高さを揃えることを指導したところ、低学年の道場生だったので感覚が整わず難しいかと思いきや、きちんと水平に手の高さを揃えることができていました。

「低学年の子どもでも自分のゆがみを意識できると、ゆがみを整えることが出来るのだ」と妙に感心しましたが、人は生活習慣、生活環境などで〝身体がゆがむ〟ように〝心もゆがみ〟ます。
【心のゆがみ】
私も自分の心のゆがみを感じる事があります。
空手に限らず指導者は自分の技術や練習方法などに自信を持つと、それを絶対的に思い他の優れた技術や方法に否定的になります。

優れた技術や方法は一つに限らないもので、指導者は広い視野を持って様々な優れた技術や方法を認識すべき立場にあります。
指導者が自分の技術や方法に固執するのは〝心のゆがみ〟ですが、私も自分の技術や方法に固執しがちになるのを指導者としての立場を思い返し、心のゆがみを整えることに努めています。
先日、医師による患者への盗撮事件が報道されていましたが、医師という立場を考えるとあり得ない事件であり、こういった事件は後を絶ちません。

あり得ない事件を起こしてしまうのは、心のゆがみを整える事が出来ないからと個人的に思います。
身体のゆがみは自分のゆがみを認識することで調整できるものですが、心のゆがみも同様に調整できます。
調整できないのは、自分のゆがみを認識できないためであり、ゆがみを認識できないのは自分の立場におごり、おぼれてしまうからです。
【心のゆがみを整える】
心のゆがみも自分のゆがみを認識することが、ゆがみの調整には必要です。
また心のゆがみの調整には、自分の立場を認識することも必要です。
立場の認識が、心のゆがみの認識となり、調整となりますが、〝立場の認識〟は武道精神においては〝謙虚な心〟から生じます。

自己肥大が煽られやすい現代社会は、自分の立場への認識が薄くなり、謙虚さが失われやすくなっています。
上述の医師のように心のゆがみを認識できない人は、今後も増加していくように思われます。
新極真会徳島西南支部は謙虚さによる体のゆがみと、心のゆがみを整える空手道場でありたいと思います。
2026.4.14記
<支部内連絡>
4/19(日)に行われる四国大会のため以下の道場の稽古はお休みとなります。
4/18(土)…美馬道場・鴨島道場
4/20(月)…阿南道場
また逢坂の東京出張のため以下の道場もお休みなります。
4/23(木)…美馬道場
4/23(木)の休みはニュースレターでお知らせしておりませんので、ご注意ください